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東京地方裁判所 平成10年(ワ)28675号 判決

原告

日本ゼオン株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

松尾和子

田中伸一郎

宮垣聡

被告

國際航業株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

竹田稔

河合弘之

青木秀茂

松村昌人

松尾慎祐

勝田裕子

町田弘香

市村隆行

本山信二郎

船橋茂紀

木下直樹

松井清隆

泊昌之

蓮見和也

主文

一  被告は、その営業につき、「アーゼオン」の文字を、その態様のいかんを問わず、商号、通称、愛称その他被告の営業を表示するものとして、使用してはならない。

二  被告は、会社案内及びインターネットのホームページその他被告の宣伝、広告から、その態様のいかんを問わず、商号、通称、愛称その他被告の営業を表示する「アーゼオン」の文字を除去せよ。

三  被告は、平成一〇年四月一七日付けで東京法務局にした「株式会社アーゼオン」の商号の仮登記の抹消登記手続をせよ。

四  被告は、原告に対し、五〇〇万円を支払え。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  主文第一項ないし第三項と同旨

二  被告は、原告に対し、三〇〇〇万円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告がその営業表示として「アーゼオン」の表示(以下「被告表示」という。)を使用する行為が、原告の営業表示として広く知られている「日本ゼオン」及び「ゼオン」の各表示(これらの表示を、以下「原告表示」と総称する。)と類似し、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該当すると主張して、同法三条一項に基づきその使用の差止めを、同条二項に基づきその文字の除去及び商号の仮登記の抹消登記手続を、同法四条本文に基づき損害賠償を、それぞれ求めている事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠(甲六九、乙二一、二二)により明らかに認められる事実)

1  原告は、合成ゴム、合成樹脂、合成繊維等の石油化学誘導品及びこれらに関連する基礎原料製品その他の化学工業製品、並びに、ゴム製品及びプラスチック製品の、製造、加工及び売買等を目的とする株式会社である。

2  被告は、測量、地質調査、海洋調査、環境に関する調査、並びに、土木及び建築の計画、設計、施工、管理等を目的とする株式会社である。

3  被告は、平成九年一〇月一日、「コミュニケーションネーム」と称する営業を表示する文字として、「EARTHEON」及び「アーゼオン」を採用し、その宣伝広告を開始した。さらに、被告は、現在の商号を変更して「株式会社アーゼオン」を商号として採用することを予定しており、平成一〇年四月一七日付けで東京法務局において「株式会社アーゼオン」につき商号の仮登記をした。

二  争点

1  被告がその営業表示として被告表示を使用する行為が不正競争防止法二条一項一号に該当し、同法三条に基づく差止め等の対象となるか。殊に、

(一) 原告表示が「需要者の間に広く認識されている」といえるか。

(二) 原告表示と被告表示とが「類似」しているか。

(三) 被告表示の使用が原告の営業と「混同を生じさせる」ものであるか。

(四) 原告が「営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれ」があるか。

2  原告が被告に請求し得る損害賠償の額

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(一)(原告表示の周知性)について

(原告の主張)

(一) 原告は、昭和二五年に設立された株式会社であり、その企業活動は、合成樹脂、合成ゴム、化成品、特殊化学品等の素材産業から出発したが、近年においては、環境資材、健康・情報関連製品等の加工品にまで拡大されている。原告の長年にわたる営業活動により、原告の商号「日本ゼオン株式会社」は広く業界に知られている。右商号中の「株式会社」は会社の種類を表す文字にすぎないし、「ゼオン」という語が他にない造語であって、単に我が国の企業であることを表す「日本」の部分は省略されて表記、認識され得るものであるから、その要部は「ゼオン」である。実際にも創業当初から、産業界や新聞記事等において、しばしば「ゼオン」と略称されている。さらに、原告は、平成七年には「ゼオン」の三文字を全国的に浸透させるための特別な企画を立て、そのための努力を全社的に行ってきている。また、原告の子会社や関連会社が「ゼオン」の文字を商号ないし営業表示として用いて、多岐にわたる分野で営業活動を行っていることも、原告表示を広く知らしめることに寄与している。

(二) 原告の事業内容は一般消費者を対象とするものではないから、原告は、著名企業に比べて大量の広告活動を行うものではないが、各年度当たり、平成五年度以降は概ね一億円以上、同九年度以降は平均二億円以上の出費をして、積極的な広告活動を行ってきている。被告主張の企業イメージ調査の結果についても、原告の営業の種類、内容に照らせば、原告が広く知られていることを示しているといえる。

(三) したがって、原告表示は、遅くとも平成七年までに、我が国において需要者間に広く認識された表示になっている。

(被告の主張)

(一) 原告は、合成ゴム、合成樹脂の製造販売を主たる業務内容としている会社であり、その分野の取引者にある程度その名称を知られているにすぎない。また、その事業範囲が情報、健康、環境等の加工品分野にまで拡大されているとしても、その実績はわずかであり、その分野において取引者、需要者にその名が広く知られているということはできない。さらに、本件において原告と被告は事業分野を異にしており、被告表示の差止めを求めるためには原告表示が被告の主要な事業分野(測量、建設コンサルタント)の顧客層に広く認識されていることを要するところ、そのようなことを示す証拠は全く存在しない。なお、原告の子会社や関連会社が「ゼオン」を含む商号等を使用していても、これらの会社の営業活動の及ぶ範囲にわたって原告表示が周知であることの証拠にはなり得ない。

(二) 原告表示が周知であるといえないことは、新聞、雑誌、テレビ等における広告量が著名企業のそれに比べて圧倒的に少ないこと、調査会社による企業イメージ調査や一般人に対するアンケート調査において原告の認知度が相当低いという結果が出ていることからも明らかである。

(三) したがって、原告表示は不正競争防止法二条一項一号にいう周知性の要件を欠いている。

2  争点1(二)(原告表示と被告表示との類似性)について

(原告の主張)

(一) 原告表示は「日本ゼオン」及びその略称である「ゼオン」であるところ、右の「日本ゼオン」のうちの「日本」は日本の企業であることを表現するものであって、業界及び第三者からもしばしば省略されており、その要部は「ゼオン」にある。

(二) 被告表示「アーゼオン」中の「アー」は、長音であるため、発音上響きの弱い音であり、嘆息等を表明する億劫な音である。また、これが「ゼオン」と結合されるべき必然性は全く存在しない。他方、「ゼオン」の冒頭の「ゼ」は強い響きを有する語であるから、被告表示は、「アー」の部分でいったん途切れ、「ゼ」の音にアクセントを置いて発音されることになる。したがって、被告表示が一体として称呼されたとしても、これを聴いた者の印象に残り、需要者の注意を一段と引く部分は、「アーゼオン」ではなく、「ゼオン」であるから、「ゼオン」と被告表示とは、称呼上類似している。

また、「ゼオン」は、ギリシャ語の「大地」と「永遠」を組み合わせた語であるのに対し、「アーゼオン」は、被告の主張によれば、英語の「地球」及び「永遠」の組合せであるというのであるから、両者は観念上もほぼ同一の意味を有していることになる。

(三) したがって、被告表示は、原告表示と類似している。

(被告の主張)

(一) 原告表示のうち「日本ゼオン」と被告表示「アーゼオン」とが外観、称呼及び観念のいずれにおいても相違することは、その構成から明らかである。

(二) 原告表示のうち「ゼオン」についても、これと「アーゼオン」とが、外観、観念及び称呼のいずれにおいても類似しないことは、次のとおりである。

(1) 「アーゼオン」は外観上見るものに強い印象を与える長音「ー」を含む五文字から構成されているのに対し、「ゼオン」は長音を含まない三文字で構成されており、両者は外観を異にしている。

(2) 「アーゼオン」及び「ゼオン」は、いずれも需要者に対し特定の観念を想起させないものであるから、両者が観念において同一又は類似ということもできない。なお、「アーゼオン」は、英語の「地球」(EARTH)と「永遠」(EON)を組み合わせることにより地球最適化への貢献をイメージしているのに対し、「ゼオン」は、ギリシャ語からの発想に基づく造語であって、原告の主張によれば大地から原料を得て永遠に栄えることを象徴しているのであるから、両者の観念が異なることは明らかである。

(3) 「アーゼオン」なる表示からは「アーゼオン」という称呼のみを生じるものであり、称呼としては四音にすぎないから、この表示に接した取引者、需要者はこれを一体のものとして称呼することは当然であって、「アーゼオン」を「アー」と「ゼオン」とに分離して「ゼオン」のみがその要部であると解すべき理由はない。そして、「アーゼオン」の語頭音(冒頭音)である「アー」は、長音かつ母音であり、アクセントが置かれて明確に発音される語句である。したがって、「アーゼオン」を称呼する場合、「アーゼオン」の発音が一体として聴く者の印象に残るものである。

一方、「ゼオン」なる表示からは「ゼオン」という三音の称呼のみを生じるものであり、「アーゼオン」とは、語頭音を全く異にしている。

このような場合、取引者、需要者が両者を聴き誤ることはなく、類似していると受け取ることはあり得ない。称呼についての右のような判断は、従来の裁判例及び特許庁における実務にも合致するものであって、「アーゼオン」と「ゼオン」とは、称呼が異なっているといえる。

(三) したがって、被告表示は原告表示に類似しない。

3  争点1(三)(営業主体の混同)について

(原告の主張)

(一) 原告の営業と被告の営業とは、創業当初は異なるものであったが、今日においては、ともに環境の保全等の整備に関係しており、廃棄物最終処理、下水道、河川の環境保全及び土木建築の分野並びにそのコンサルタント業務において、明らかに重複がある。原告は、建設業の許可を受けて、土木建築関連業務として、自社製品の販売や設置工事だけでなく、当該資材を用いた製品や施設全般にわたる設計、提言等の、情報の提供及びコンサルタント業務をも行っている。また、原告と被告は、いずれもコンピュータ及びソフトウエア関連業務に従事しているし、環境調査、計量証明、測定、環境アセスメント等の分野でも、事業が競合している。

(二) 被告は、原告と被告の業務内容には根本的な差異があると主張するが、営業が多角化し、拡大するのが現代社会における企業経済活動の一般的傾向であって、被告主張のような単純な色分けによって不正競争防止法における混同の有無が決定されるものではない。現に原告は被告と競合する業務を営んでいて、重複する顧客も存在しているし、その取引先や事業内容は今後の積極展開によって拡充されていくものである。さらに、被告は「圧倒的先行性」を主張するが、被告表示を使用しての業務は皆無である。原告は、被告が原告表示と類似する被告表示を新しく採用して原告と競合する事業を将来展開することを、本件において問題としているのである。そして、本件の請求につき要件とされるのは、原告と被告の事業が全面的に重複することではなく、需要者間における混同の有無であるところ、この点において重要なのは、原告が既に被告の業務と重複する環境及び土木建築関連業務、建設コンサルタント業務を営んでおり、このことが合成ゴム及び合成樹脂製品の製造販売において高い著名性を有する原告の発展的拡大ないし進出として注目され、原告の積極的な広報活動により広く知られているという客観的事実そのものなのである。

(三) 以上によれば、被告が今後引き続き被告表示を使用して営業を行い、さらに商号の一部としてこれを採用するならば、両者間の営業主体につき混同が発生することは必至である。

(被告の主張)

(一) 原告表示と被告表示とは類似するものでないし、原告と被告との営業活動の重複もあり得ないことから、被告表示の使用により両者の営業主体の混同が生じる余地はない。不正競争成立の要件は取引者、需要者が混同する可能性が高いといえることであり、一般人と取引関係にない場合に一般人を基準として混同のおそれを判断することは、制度趣旨に反し、無用の規制を行うことになるものである。

(二) 原告は、原告と被告の営業が重複すると主張するが、そもそも被告は測量及び建設コンサルタントを主たる業務内容とし、その顧客の大部分は公共事業を行う官公庁であるのに対し、原告は、商社等の大企業を顧客として、合成ゴム及び合成樹脂の製造販売を行っているものであって、両者は事業内容及びその需要者を大きく異にしている。

原告が重複すると主張する建築関係の事業分野についても、その内容を具体的にみると、原告が行っているのは、自社製品である建設、土木用の資材の製造販売及びこれに付随する設置、敷設工事であり、原告はブルーカラー的色彩の強い現業会社というべきであるし、しかもこれらは原告の事業のうちごく一部を占めているにすぎない。他方、被告は、大規模な土木工事等に伴う測量、地質等の調査、設計施工等の、建設コンサルタント及び情報処理サービスの提供を主要な事業とする、ホワイトカラー的色彩の強い非現業の会社である。さらに、公共事業においては設計と施工の分離が徹底されているから、原告と被告の業務が競合することはない。

また、コンピュータ及びソフトウエア関連業務についても、顧客層、ソフトウエアの内容等、実際の業務分野は、原告と被告とで異なっている。

さらに、建設コンサルタント業務について、将来原告と被告が競業する可能性があるとしても、被告は早くから事業実績を有し、顧客から高い評価を受けていて、圧倒的に先行しているのに対し、原告はこれから参入しようというのであるし、しかもこの種の業務への新規参入は極めて困難な状況である。被告は、約五〇年間にわたり測量、建設コンサルタント等の事業活動を営んでおり、その能力は他社の追随を許さず、官公庁からの信頼も厚い。被告はその事業分野において著名な存在であって、「アーゼオン」という営業表示を使用しても、被告が原告との間に何らかの密接な関係があると誤認するおそれが生じるはずがない。無名の者が有名な者の名称を利用するからこそ不正競争なのであり、被告のように建設コンサルタント業界において比類無き名声を有する会社が、この業界で無名といってよい原告の名称を利用することなど常識からいって考えられない。現に、被告が被告表示を使用してから、これまでに被告が原告ないしその関連会社と誤認されたことは一度もないし、被告の取引者、需要者の陳述や、原告及び被告に対する社会一般の認識に照らしても、原告と被告の営業が混同されるおそれのないことは明らかである。

なお、原告は、実際にはその経営資源を本業である合成ゴム等の製造に集中しているのであって、本件訴訟において、多角的な事業展開を行って新規分野にも積極的に参入するから競業が発生すると述べるのは、訴訟のためにする根拠のない主張である。

(三) 混同のおそれを判断する際に基準となるのは需要者であるところ、本件の需要者は一般消費者ではなく、上場企業等の有力企業(原告の需要者)又は官公庁や地方自治体(被告の需要者)である。これらの需要者は、取引先について慎重な調査をした上で契約ないし発注に至るものであるし、また、原告及び被告の双方の営業とも、その取引の単価は数千万ないし数億円に及ぶものであるから、単に名称が似ているからといって、グループ企業であると安易に判断して誤発注をすることなどあり得ない。このように、本件においては、需要者の特性から考えて、混同の生じる余地はないし、実際にも混同は生じていない。

(四) 右のとおり、被告が被告表示を用いたとしても、原告と被告が同一の営業主体と誤信されたり、両者の間に営業上の関連性があると認識されたりするおそれはなく、営業主体に関して混同が生じるおそれは全くない。

4  争点1(四)(営業上の利益の侵害のおそれ)について

(原告の主張)

被告が被告表示を使用する行為は、前述のとおり不正競争防止法二条一項一号に該当するものであって、原告は、被告の右行為により営業上の利益を侵害されるおそれがある。

(被告の主張)

営業上の利益を侵害されるおそれがあるか否かは、当該事案における周知表示の主体や侵害者とされる者の顧客を中心とした需要者を基準にして判定すべきであり、原告の需要者が被告を原告のグループ企業と誤解混同して取引をし、原告の獲得すべき利益が損なわれるおそれが存在することが必要である。ところが、原告の需要者は上場企業等の有力企業が中心であり、このような企業が、被告を原告のグループ企業と誤解して取引をするようなおそれはないし、現に、被告が被告表示を使用すると決定し、公表してから一年半余りが経過する間、そのような事実はない。

したがって、原告が営業上の利益を侵害されるおそれはない。

5  争点2(損害の額)について

(原告の主張)

原告は、自己の商号の重要な一部を被告の行為から守るため、種々の広報活動を余儀なくされ、また、被告の営業表示の採用は原告の意思に反することを表明するなどのために精神的損害を被った。これを金銭に見積もると少なくとも三〇〇〇万円に相当する。

さらに、原告は、既に被告に対して仮処分手続を行うなど、弁護士費用を含め、種々の出費をしており、その額は一五二九万五〇一四円に上る。

よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法四条本文に基づき、右の合計額の内金三〇〇〇万円を損害賠償として請求する。

(被告の主張)

法人については、精神上の苦痛に対する損害賠償はそもそも認められない。

また、弁護士費用については、故意過失、違法性等の不法行為の要件を満たすことの主張立証がないし、その他の出費に関しても、損害の存在や、相当因果関係、支払についての立証がない。

したがって、原告の損害に関する主張は、失当である。

第三争点に対する判断

一  後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和二五年に合成樹脂の製造販売を目的として設立された株式会社であり、平成一一年三月決算期における売上高は年間約一二二〇億円、資本金は約二四〇億円、従業員は約二六〇〇名で、その株式は東京証券取引所第一部に上場されている。原告の主たる業務分野は、設立以来、合成樹脂及び合成ゴムの製造販売であり、右決算期における事業別売上高比率は、ゴム部門(合成ゴム)が約四二パーセント、ラテックス部門(合成ラテックス)が約一四パーセント、化成品部門(化成品、化学品)が約一七パーセント、情報・環境・健康部門(情報材料、高機能樹脂、環境資材、RIM、医療器材)が約一七パーセント、その他の部門(塩化ビニル樹脂関係、技術供与・技術援助)が約一一パーセントとなっている。主要な取引先は、販売が伊藤忠商事、ニチメン、三菱商事、仕入れが三菱商事、三井物産である。原告は、日本国内各地に工場及び営業所を有するほか、原材料の供給、製品の製造販売や、製造設備の維持管理等の役務の提供を行う子会社及び関連会社を約三〇社(その過半数は商号の一部に「ゼオン」の文字を含んでいる。)有するのに加え、日本国外でも、子会社等を通じて、合成樹脂、合成ゴムの製造販売等を行っており、耐油性特殊ゴムの分野で世界一の座を占めるなど、世界屈指の生産量及び技術水準を誇っている。原告は、研究開発活動を重視しており、石油学会賞、日本化学会化学技術賞等を受賞するなど、その技術に対して高い評価を得ているほか、国内及び国外の多数の会社と契約を締結して、その技術を供与している。(甲一の1ないし4、四、三七、一一三、一一四、一二〇、乙一ないし三)

2  原告の商号に含まれる「ゼオン」とは、原告の説明によれば、原告がかつて技術提携をしていたアメリカ合衆国の会社の塩化ビニール樹脂の商品名であり、ギリシャ語で大地を意味する「GEO」と永遠を意味する「EON」とを組み合わせたものであって、「大地から原料を得て製品を創り出し、人類の永遠の繁栄に貢献すること」を表現したものである。また、原告は、自社のことを単に「ゼオン」と呼ぶことがあり、昭和三〇年代から、社内報や取引先に配布する小冊子に、「ゼオンだよ里」、「ゼオン会ニュース」等の名称を用いていた。(甲一の2、四、五〇の1ないし6、五一の1ないし5、五二の1ないし4、五七)

3  原告は、合成樹脂、合成ゴムの製造販売に加え、昭和四六年ころから、プラスチック及びタイヤ廃棄物の処理、再生や、公害防止に関する事業に取り組み始め、昭和五〇年代に入ると、化成品、医療器材、電子材料等の分野に事業を広げていった。その後、原告は、平成六年に環境資材事業部を発足させるなど、原告が「環境資材」と呼ぶ分野の業務を強化しており、法面保護、地盤補強、構造物安定、河川、調整池、道路舗装等の工事、廃棄物処理場の建築、公園、ゴルフ場等の造成、港湾の埋立て等に用いられる各種資材や、浄化槽、焼却装置等を製造し、販売している。右の資材等の中には、「ゼオン」の文字を含む商品名が付されたものもいくつかある。

原告は、右の「環境資材」に係る業務を推進するに当たり、単に資材を販売するだけでなく、ごみ焼却炉、廃水処理設備や公園等の工事に計画、設計の段階から関与して、工事計画案、見積仕様書、基本設計書等の作成に携わったり、河川改良、遮水シート、公園整備、盛土補強等の工事を施工したりするなどの業務を行っている。右の業務に係る原告の顧客には、北海道から九州、沖縄に及ぶ多数の地方公共団体や公社、公団その他の公的機関、電力会社、鉄道会社等の大企業、ゴルフ場やスキー場の開発業者等が含まれている。原告は、右の工事に関連して、平成六年七月に建築士事務所の登録を行い、同九年一〇月に建設大臣から建設業についての許可を受けている。また、社名に「ゼオン」の文字を含む原告の子会社の中にも、同七年から同九年の間に建設業の許可を受けた会社が数社ある。

さらに、原告は、土質及び基礎部門について、平成七年三月に建設コンサルタントの登録をしており、同九年ころ以降、件数は少ないものの、業務委託を受けた実績がある。

これに加え、原告は、その一〇〇パーセント子会社である株式会社ゼオン分析センターを通じて、地方公共団体等を相手に、河川や海の水質調査、土壌の分析等、環境に関する調査を業として行っている。

(甲二の1ないし3、三の1ないし4、四ないし四六、四八、五七、七〇の1ないし3、七一の1ないし3、七二の1、2、七三、七四の1、2、七五ないし七七、七八の1、2、七九の1、2、八〇ないし一〇四、一〇五の1、2、一〇六ないし一〇八、一一三、一一四、一二〇、乙一、三二の2)

4  原告は、従来の合成ゴム、合成樹脂等の工業用の素材を中心とした、製造業者等に限定された顧客を相手とする販売活動だけでなく、右3で述べたような「環境資材」や、医療器材等の、より幅広い範囲の顧客層を持つ製品の販売を行うようになったので、その事業の展開に当たり、販売促進活動が重要性を増すに至った。そこで、その知名度を向上させることなどを目的とする企業広報活動の実行計画を立てて、平成七年から、「ゼオン」の三文字を基本的な表示として使用してこれを全国的に浸透させる試みを開始した。右計画に基づき、原告は、朝日、読売及び毎日の各全国紙の一面等に、「ゼオン」の文字を目立たせた広告を月一回程度継続的に掲載し、また、最後の部分に「ゼオン」の文字が画面に大きく表示されるテレビコマーシャルをテレビ東京系の各局及び地方のテレビ局で流しており、徐々に宣伝広告の規模を拡大している。原告が企業広報活動のために支出した費用は、平成七年度が約一億円、同八年度が一億三〇〇〇万円で、その後もこれを増加させる計画となっている。(甲五六、五七、一〇九、一一〇)

5  原告の事業活動については、合成樹脂及び合成ゴムに関する記事が化学やゴムに関係する業界の専門紙に頻繁に掲載されているだけでなく、公園整備工事等の、原告が環境関連事業と位置づけている分野に関する話題が一般紙等の紙面でもたびたび採り上げられている。平成五年から同一〇年三月一三日までの間に掲載された原告に関する記事(訃報を除く。)の数は、朝日新聞が八本、読売新聞が九本、毎日新聞が四本、日本経済新聞が一〇九本、産経新聞が一一本、東京新聞が二本、日経産業新聞が一五七本である。これらの記事の中には、原告を単に「ゼオン」と表記したものもある。(甲四七の2ないし8、四八、四九、八二ないし八八)

6  被告は、昭和二二年に設立された株式会社であり、その株式は東京証券取引所第一部に上場されている。設立当初の商号は「三路興業株式会社」(同二三年に「国際不動産株式会社」に変更)で、専ら航空写真測量業務等に携わっていたが、その後、土木設計業、土木地質業、海洋調査業等の分野に進出していき、この間、同二九年に商号を現在のものに変更した。平成一〇年三月決算期における売上高は年間約五四〇億円、資本金は約一七〇億円、従業員は約一五〇〇人である。主たる業務分野は、測量・調査(空中写真撮影・測量、測地・地上測量等)、地図情報サービス(固定資産、上下水道、道路等の行政支援システム等)、建設コンサルタント(道路、造成・区画整理、環境、都市計画、廃棄物、農業土木、河川、上下水道、公園等に関する計画、設計、施工管理の業務)、地質調査、海洋調査等であり、右決算期における事業別売上高比率は、計測系事業が約四〇パーセント、コンサルタント系事業が約五三パーセント、不動産開発事業が約八パーセントである。右のうち、建設コンサルタント業に関し、被告は、河川、砂防及び海岸、港湾及び空港、電力土木、道路、鉄道、上水道及び工業用水道、下水道、農業土木、造園、都市計画及び地方計画、地質、土質及び基礎、鋼構造及びコンクリート、トンネル、施工計画、施工設備及び積算並びに建設環境の各部門につき、建設コンサルタントとして登録し、右の部門すべてにおいて、政府機関、地方公共団体、電力会社等に対し、これまでに極めて多数の業務実績を上げている。被告は、全国各地に支店、営業所等を設け、また、約四〇の子会社及び関連会社を通じて、主に建設省、運輸省、地方公共団体その他の官公庁や、日本道路公団等の公的機関から、計測系及びコンサルタント系の各事業につき作業を請け負っており、公共事業に依存する割合が高い。(乙二、三、二三、二六ないし二八、三二の1、三三、三四、四七の1ないし3、四八ないし五一)

7  平成九年、被告は、創立五〇周年の記念事業の一環として社名を変更する方針を立て、コミュニケーションネーム(企業の通称、愛称、営業上のブランド名)として、「EARTHEON(アーゼオン)」を今後使用することを決定し、同年一〇月にこれを社外に発表した。「EARTHEON」という語は、被告の説明によれば、英語の「EARTH」(地球)と「EON」(永遠)とを組み合わせたものであり、「地球情報のスペシャリストとして、社会資本づくりに貢献し、豊かな地球を次代に伝えるという夢を表現して」いるものである。そして、被告は、パンフレット、従業員の名刺等や、インターネットのホームページに、「私たちはアーゼオンです。」、「これからは、私たちをアーゼオンとお呼び下さい。」と記載したり、新聞に広告を掲載したりすることによって、被告表示が広く普及するように努めている。(甲五八ないし六三、乙二三、二四、二九の1、2、三〇、三一)

8  被告は、被告表示を将来商号として使用するため、平成九年八月に、個人名で、商号「アーゼオン」につき、被告の本店所在地を営業所として、商号の登記をした。同一〇年四月、被告は、右の商号を廃止した上で、変更により定めるべき商号を「株式会社アーゼオン」とする商号の仮登記をした。さらに、被告が、被告表示について保護を受けるため、「EARTHEON」と「アーゼオン」とを二段に表記して成る商標について商標登録出願をしたところ、原告が「日本ゼオン」及び「ゼオン」の登録商標につき商標権を有するのと重複する指定役務に関して、商標登録の査定を受けた。また、第三者が「ZEON」という登録商標について商標権を有しているのと重複する指定商品に関しても、商標登録の査定があった。(甲六八、六九、乙一五の1、2、一六の1、2、四五の1、2、四六)

9  原告は、被告が被告表示を使用すると発表した直後から、原告表示に類似する表示が使用される事態を憂慮し、被告に書簡を送付し、また、その担当従業員と面会して、被告表示の使用をやめるよう繰り返し要請した。原告は、「EARTHEON」との表示及び被告表示から濁点を取った「アーセオン」の表示であれば使用は差し支えないとの解決案を提示したが、被告がこれを拒絶したため、原告は被告に対し、被告表示の使用の差止めを求める仮処分を申し立てた。(甲五七、六四ないし六七)

二  争点1(一)(原告表示の周知性)について

1  前記一1ないし5認定の事実によれば、原告の商号は、原告の企業規模、業務実績等に照らし、合成樹脂及び合成ゴムの製造販売に関する業務の需要者、すなわち、その取引先である総合商社や、原告が製造した合成樹脂及び合成ゴムを素材として使用する製造業者の間に周知であるということができる。これに加え、平成六年に環境資材事業部を発足させた前後からの事業内容の多角化並びにこれに関する原告の企業広報活動及び新聞報道の態様を考慮すると、遅くとも被告が被告表示の使用を開始した平成九年一〇月までには、廃棄物処理場、公園等の建設や地盤補強、河川改良、道路舗装等の工事に使用される資材の販売並びにこれに関連する工事の計画及び施工という業務の需要者に対しても、広く知られるようになっていたものと認めることができる。

そして、原告表示のうち「日本ゼオン」は、原告の商号のうち、会社の種類を表す「株式会社」の文字を省略したものであり、原告の営業表示として通常用いられるものであるから、原告の営業を表示するものとして、右の需要者の間に広く認識されていると認めるのが相当である。さらに、原告表示のうち「ゼオン」は、原告の商号から、「株式会社」及び我が国の企業であることを示す「日本」の文字を省いたものであり、前記一1ないし5認定のとおり、新聞報道や原告による企業広報活動において、原告が「ゼオン」の三文字のみで表記される場合があること、原告の商品名や子会社の名称の一部として「ゼオン」が用いられていることに照らすと、原告表示「日本ゼオン」と同様に、原告の営業表示として、右に述べた需要者の間に広く知られていると認めることができる。

2  この点について、被告は、前述のとおり、原告表示は周知とはいえないと主張し、これを裏付ける証拠として、著名企業である旭化成及びソニーと比較すると新聞、テレビ等への広告出稿量が極めて少ないという調査報告、原告の会社名や業務内容についての認知度が相当低い旨の、一般個人及び民間有力企業に勤務するビジネスマンを対象にした企業イメージ調査の結果等を証拠として提出している(乙四ないし六、四三、五三)。

しかしながら、原告は、主たる業務分野が合成樹脂及び合成ゴムの製造販売であって、右の業務に係る顧客は製造業等の企業又は商社であり、一般消費者に対して直接商品を販売し又は役務を提供するものではないこと、原告が近年業務分野を拡大してきた廃棄物処理施設、公園、道路、河川等の工事に使用される資材の販売及びそれに関連する工事の施工等についても、その需要者は地方公共団体や電力会社、ゴルフ場の開発業者等であって、一般消費者を相手とする営業をしているものではないことに照らすと、広告出稿量が少ないことや、一般個人及び原告とは業務分野を異にする企業に勤務する会社員の間における認知度が高いとはいえないことは、ある程度やむを得ないものであると解される。そして、個人を対象とした調査でも原告を知っていると答えた者の割合が約二六パーセントに上っていること(乙五)、上場企業に勤務するビジネスマンの間における原告の知名度が五割を超えていることを示す最近の調査結果もあること(甲一一二の1ないし4)や、前記一4及び5認定の新聞報道及び原告による企業広報活動の実績を考え合わせると、被告の提出する右証拠は、原告表示が周知であるとの右判断を覆すに足りるものではなく、この点に関する被告の主張は採用できないというべきである。

3  以上によれば、原告表示は、原告の営業を表示するものとして、需要者の間に広く認識されているものであると認めるのが相当である。

三  争点1(二)(原告表示と被告表示との類似性)について

1  「ゼオン」と「アーゼオン」との類似性

(一) 各表示の称呼についてみると、まず、原告表示の「ゼオン」は、三音という短い単語であり、途中で区切る必然性もないこと、また、その冒頭の「ゼ」が明確かつ強い響きを持つ音であること(絶対、全国、ゼロ等参照)、中間の「オ」が母音として明瞭に発せられる音であること、末尾の「ン」が有声の気息を鼻から漏らして発せられる撥音であってその有無により称呼に与える影響が大きく異なるものであることに照らすと、原告表示「ゼオン」は、常に一体として称呼され、それ自体としてこれを聞く者に対し強い印象を与える、識別力の高い表示であり、その全体が称呼上の要部であると認められる。

(二) 他方、被告表示「アーゼオン」の称呼をみると、同表示は、長音を含め四音から成る短い言葉であり、一続きのものとして称呼されるのが通常であるといえる。

ただし、冒頭の「アー」が長音であるので、冒頭の音が長音でない「アゼオン」を称呼する場合との比較において、必ずしも常に「アーゼオン」が完全に一体として称呼されるということはできず、「アー」の後(すなわち、「ゼ」の前)でいったん区切られて称呼される余地があるということができる。さらに、「アーゼオン」が日本語としてそれ自体意味を有しない言葉であることからすると、被告表示と同様に「アー」の音を冒頭に持つ単語のうち、有意な日本語として定着しているアーチェリー、アーケード等を称呼する場合(いずれも「アー」の後で区切られることはない。)と同列に論ずることはできず、「アー」の後で区切られて称呼される可能性があると解される。

また、被告が証拠として提出する調査の結果(乙一三)によれば、調査対象者の三分の二弱の者は「アー」に、三分の一強の者は「ゼ」に、アクセントを置いて発音すると回答しており(殊に、前記一のとおり認定した原告及び被告の業務内容にかんがみ、それぞれの取引先の担当従業員になることが多いと推認される三〇歳ないし五〇歳代の男性では、四割を超える者が「ゼ」にアクセントを置くと回答している。)、アクセントの位置については両様の称呼のされ方があるものということができる。

(三) そこで、原告表示のうち「ゼオン」と被告表示「アーゼオン」とが、称呼において類似しているといえるかどうかについて検討すると、「アーゼオン」は、「ゼオン」の頭部に「アー」を付加したものであるところ、「ア」の音は口を最も大きく開いて明瞭に発音される母音であるから、通常の場合は、その有無によって、これを聞いた者の印象が相当程度異なってくるものであると解される。しかしながら、右(一)のとおり、原告表示の「ゼオン」の称呼がそれ自体としてこれを聞く者に対し強い印象を与えるものであること、右(二)のとおり、被告表示「アーゼオン」は「アー」と「ゼオン」とに区切られ、かつ、「ゼ」の部分にアクセントを置いて称呼される場合があり得ること、前記二で判断したとおり、原告表示が需要者に広く認識されているものであることを合わせて考慮すると、被告表示「アーゼオン」においては、「ゼオン」の部分がこれを聞く需要者の特に強く注意を特に強く引くものであり、その印象に残る特徴的な部分であるというべきである。

これに加え、被告において、新しい営業表示として「EARTHEON」を使用すると決定するに当たり、その日本語としての発音及び表記につき、将来社名として使用するに耐える重厚感、格調等の面から、「ゼ」を濁音とする「アーゼオン」とするべきであって、「アーセオン」では軽く流れてしまい、聞いたときの印象、インパクト、独自性、覚えやすさなどの様々な面においても「アーゼオン」の方がはるかに強いことなどを考慮して、「アーセオン」ではなく「アーゼオン」を採用したこと(乙三一)や、被告の提出した証拠(乙四四の4)によっても、「アーセオン」よりも「アーゼオン」の方が、発音したときのインパクトがあり、印象度が深いとされていることからすれば、被告表示の中で「ゼ」の音が、極めて重要な意義を有し、称呼上の特徴を形成していることは明らかであり、この点からも、被告表示の称呼上の特徴的部分を「ゼオン」の部分であると解すべきことが、裏付けられるといえる。

右によれば、原告表示のうちの「ゼオン」と被告表示「アーゼオン」のは、いずれもこれをを聞く者の注意を引く要部は「ゼオン」であるというべきであるから、両者は称呼が類似すると認められる。

(四) この点につき、被告は前述のとおり原告表示「ゼオン」と被告表示「アーゼオン」とは類似しないと主張するが、右に判示したところに照らし、被告の右主張は採用できない。

(五) したがって、被告表示と原告表示の「ゼオン」とは、称呼が類似しているから、右の両表示は類似していると認めるのが相当である。

2  「日本ゼオン」と「アーゼオン」との類似性

原告表示の「日本ゼオン」は「日本」と「ゼオン」とから成るところ、このうちの前者(日本)は、我が国の企業であることを示す用語であり、格別の顕著性を有しないのに対し、後者(ゼオン)は、右1でみたとおりこれを聞く者に強い印象を与える語であることに照らすと、「日本ゼオン」との営業表示を聞いた者の注意を引く部分は「ゼオン」であるということができる。

そして、被告表示が原告表示の「ゼオン」に称呼上類似することは、右1で判示したとおりであるから、被告表示は原告表示のうちの「日本ゼオン」にも、称呼上類似するというべきである。

3  したがって、被告表示はいずれの原告表示にも類似していると認められる。

四  争点1(三)(営業主体の混同)について

1  原告表示と被告表示とが類似しているというべきことは、右三において判断したとおりである。

また、原告は、合成樹脂及び合成ゴムの製造販売を主たる業務とするものではあるが、法面保護、地盤補強、構造物安定、河川、調整池、道路舗装、廃棄物処理、公園造成等に係る工事につき、これに用いられる各種資材の製造販売だけでなく、計画段階からこれに関与したり、実際の施工に携わったりしていること、部門は限定されているものの建設コンサルタントとしての登録を受けてその業務を行っていること、これらの業務に係る原告の顧客には地方公共団体その他の公的機関が含まれていること、他方、被告は、道路、廃棄物、農業土木、河川、上下水道、公園等に関する計画、設計及び施工管理という建設コンサルタント業務を行っているものであること、その主たる顧客は政府機関や地方公共団体であることは、前記一で認定したとおりであり、右事実によれば、原告と被告は、業務分野において一部競合する部分があり、その顧客となり得る層も共通していることが認められる。

したがって、被告がその営業を表示するものとして被告表示を使用した場合には、原告の営業と混同が生じ得るものと解すべきである。

2  この点につき、被告は、被告が被告表示を使用しても原告と混同されるおそれがない旨の、新聞記者、公共事業の発注事務に携わった元公務員、企業の資材部門の担当者等の作成に係る陳述書を証拠として提出するが(乙一七、一九の1ないし5、二〇、三八ないし四一、四二の1、2)、これらの陳述書の作成者は、被告が「國際航業株式会社」との名称で測量、建設コンサルタント等の業務に従事していることを既に熟知しているもので、被告が「アーゼオン」という名称を採用しても原告と混同するおそれはない旨の陳述は、各作成者の被告に対する既存の認識を前提としたものと解する余地があるのであって、これをもってしては、原告又は被告と今後取引をしようとする潜在的顧客において原告と被告の営業を混同するかどうかという点に関して、混同のおそれを否定するに足りるものではない。

また、被告は、本件における需要者の特性に照らせば混同のおそれはないと主張するが、前記一1及び3認定の原告の業務内容及び需要者となり得る顧客層に照らすと、被告が原告表示に類似する名称を用いた場合には、被告の営業と原告の営業との間に混同が生じ得るものといえるから、被告の右主張は採用できない。

さらに、被告は、原告は「あまり手広くやらずに分野を選択して強いものをさらに強くする」という方針で取り組んでいる旨を原告の従業員が述べた雑誌記事(乙五二)を引用して、原告が多角的な事業展開を行って新規事業に参入するから被告と競業が発生するという原告の主張は根拠がないとも主張するが、右記事をもっては、右1で述べたところの被告と競合する業務について原告が今後一切行わないという方針を有していると認めることはできないから、被告の右主張も失当である。

3  したがって、被告がその営業表示として被告表示を使用する行為は、原告の営業表示として需要者の間に広く認識されているものと類似する表示を使用して、原告の営業と混同を生じさせる行為であって、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該当するものと認められる。

五  争点1(四)(営業上の利益の侵害のおそれ)について

1  原告表示が需要者の間に周知であり、被告表示がこれに類似しているものであって、被告が被告表示を使用する行為が営業の主体につき混同を生じさせるものであることは、これまでに判示したとおりであるから、被告がその営業に被告表示を使用すれば、特段の事情のない限り、原告はその営業上の利益を侵害されるおそれがあるというべきである。右の特段の事情としては、営業の分野や形態が全く異なるためにおよそ営業上の利益を侵害する可能性がない等の場合が考えられるが、原告と被告の業務分野に共通する部分のあることは、前記四1において判示したとおりであって、本件において右の特段の事情を認めることはできない。

2  この点につき、被告は、前述のとおり、原告の需要者は上場企業等の有力企業が中心であって被告を原告のグループ企業と誤解して取引をするようなおそれはないなどと主張する。しかしながら、営業上の利益の侵害のおそれの有無を判断するに当たっては、現に原告と取引をしている者がその営業主体を誤解して取引をする可能性があるかどうかだけではなく、将来原告と取引を行い得る潜在的な需要者をも考慮すべきところ、前記一3で認定した事実によれば、原告の需要者は、地方公共団体を含め、各種の工事を行う企業や諸団体に広がり得るものであり、これらの者が原告と被告の営業主体を混同することにより原告が営業上の利益を侵害されるおそれがあると解されるから、被告の右主張は採用できない。

3  したがって、被告がその営業表示として被告表示を使用する行為は不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該当するものであり、これにより原告はその営業上の利益を侵害されるおそれがあると認められるから、原告は被告に対し、同法三条一項に基づいて、右不正競争行為の差止めを、同条二項に基づいて、被告表示の除去及び「株式会社アーゼオン」の仮登記の抹消登記手続を、それぞれ求めることができる。

六  争点2(損害の額)について

1  被告が被告表示を使用すると発表した直後から、原告が被告にその使用をやめるよう繰り返し求めたのに対し、被告は被告表示を広く普及させるための活動を続けたこと、そのため原告は仮処分を申し立てて、その使用の差止めを求めざるを得なかったことは、前記一7ないし9において認定したとおりである。右の事実と、前記一認定の原告及び被告それぞれの営業規模、業務内容その他本件に現れた一切の事情を総合すると、被告が被告表示を使用したことによって、原告は、信用毀損による無形の損害を被ったものと認めることができ、その額は二〇〇万円を下るものではないと認めるのが相当である。

また、被告による不正競争行為に対して、原告が原告表示に化体された自らの利益ないし信用を守るために仮処分の申立て及び本件訴訟の提起をせざるを得なかったことに関し、被告の不正競争行為と相当因果関係に立つ損害として被告に負担させるべき弁護士費用の額は、三〇〇万円が相当であると認められる。

原告主張のその他の損害に関しては、これを認めるに足りる証拠がない。

2  したがって、原告は被告に対し、不正競争防止法四条本文に基づき、不正競争行為による損害賠償として、右の合計額の五〇〇万円の支払を求めることができると認められるから、原告の損害賠償請求は、右の限度で理由がある。

七  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川浩二 裁判官 中吉徹郎)

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